オオナゾコナゾ

種子島ぴー/九州出身、東京在住。夫と二人暮らしです。旅行のこと、フィギュアスケートのこと、香港のことを中心に、右から左へ流せなかった大小の謎やアレコレを、毒も吐きながらつづります。

香港ひと昔話(7) ピンクイルカもペリカンもいるよ!「香港の知られざる自然」。

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きっかけは、香港への修学旅行を勧誘する広告を見たことだった。

 

アピールポイントの一つは、「香港の知られざる自然」。

 

「香港の自然」と聞いて思い浮かぶのは、南Y島や長州島など離島の緑か、半山區(ミッドレベル)に出没する巨大ゴキブリぐらいのものである。

しかし、調べてみると、なんとあのビルだらけの香港の領土の70%が、自然区で占められているらしい。

 

どうやら香港人は、自然を守るために、残り30%の土地にわざわざ窮屈に暮らしているようなのだ。

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うーむ。見直したぞ!香港人。

でも、お金儲けに命を賭ける香港人に、そのような発想があるとは信じがたい。「香港地方甘細」(香港の土地はこんなに狭い)が口癖の香港人のこと、本人たちもこの事実を知らないのではないだろうか。

 

調べてみると、自然保護の考え方は、植民地時代のイギリスがもたらしたものらしい。ということは、中国がこれからどうするかは分からないところである。

今のうちに、「香港の知られざる自然」を見ておくべきだ。

 

「香港に自然があふれている」と言われてもピンとこない人も、「ペリカンがいる」とか「ピンクのイルカが生息する」と言われると、「おおっ」と興味がわくのではなかろうか。

 

 

香港北西部には、マイポー自然地区というラムサール条約で保護区に指定されている湿地帯がある。

ここには、絶滅の危機に瀕している珍しい鳥やペリカンも飛来してくると言うではないか。ペリカン好きの私としては、是非、挨拶に行かねばなるまいと駆けつけた。

 

が、鳥が来るのは秋から冬で、夏にマイポー自然地区のバード・ウォッチングツアーに参加した私は、静かな湿地帯を前に立ち尽くすのであった。

 

でも、ピンクイルカは何度も見た。

 

「香港には、世界中で一番ピンク色のイルカがいるんだよ」と友人に報告したら、「冗談でしょ」で片付けられた。

 

母と香港に行って、ピンクイルカツアーに招待したら、まったく乗り気でない様子。バスが埠頭に着くと、「あら、ピンクイルカは海にいるの?」。

 

母は、ピンク色のペンキを塗られたイルカを見に、水族館に行くと思っていたらしい。

昔、「ユニコーンのいるサーカス」を楽しみにして観に行ったら、頭に作りもののツノを付けられた山羊が出てきたことが、トラウマになっていたのだろうか。

 

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でも、 本当にいるのだピンクイルカは。

 

ピンクイルカの正式名称は、「チャイニーズ・ホワイト・ドルフィン 」。学術名「スウサ・チネンシス」。中国の珠海に生息するホワイトイルカと同種だが、香港に生息するイルカはピンク色である。子供の頃は灰色をしているが、成長するにつれて、とっても綺麗なピンク色になる。

 

なぜピンクなのかは解明されていないが、一説には香港の海が不透明で、外敵から身を隠すために海水と同じ色になる必要がないから、らしい。

 

香港からマカオ、中国あたりまでに、現在250頭ほど生息し、いつも香港の海にいるのは80頭位らしい。

 

主に空港のあるランタオ島周辺に生息しているが、個人で探しに行くのは難しい。

「香港ドルフィンウォッチ」という団体がツアーを主催しているので、それに参加した。

 

 

まず、バスで船の出る埠頭まで向かいながら、ピンクイルカと環境問題についての説明を受けた。香港のピンクイルカは、環境汚染のせいで絶滅の危機に瀕しているのだ。

 

香港のテレビでも、「環保(わんぽー。環境保護)」と言う言葉をよく耳にするようになり、同時にピンクイルカ問題が取り上げられることもある。

 

本当に、香港の環境汚染は進んでいる。家庭用排水の70%は海に垂れ流し。工場排水も垂れ流し。どんどん海が埋め立てられ、貿易都市ゆえに多数のタンカーが通っては、船底に塗られた有害物質を海に放つ。

 

加えて中国大陸からも、下水、有害な農薬を含んだ農業汚水、産業廃棄物が流入してくる。 さらに、人々がゴミ袋を海に投げ捨てたりもする。そもそもゴミの分別なんて行われていないに等しいのだ。

 

だから、香港人は香港の魚を食べない。海で泳がない。その墓場のような海に、ピンクイルカは住んでいる。

 

ツアーのガイドによれば、通常イルカの寿命は30から40歳。でも香港のイルカの寿命は、運が良くても20歳までだという。

 

「でも、発見される死体は、もっと若いイルカのものばかりです。それに、母親の母乳に有害物質が混じっているので、子供は生まれて34ヶ月でだいたい死にます。二頭目の子どもは、生存の可能性がもう少し高いです」

イルカの周産期は3年に一度。絶滅は時間の問題だ。

 

そういうわけで、ピンクイルカはどんどん減っており、ツアーに参加してもピンクイルカは探すのに遠くまで行かなければならなくなった。

 

しかし、その日は運が良かった。船が出港してから30分で、早くも発見したのである。

 

個度」(そこ!)。航海士の妻が叫ぶと、乗客は一斉に甲板に出た。

「邊度?」(どこ?)

「等陣!」(待ってて!)

 

乗客15人は、息を殺して水面を見つめた。

 

ピンクイルカは、一旦姿を見せた後、しばらく海中に潜って移動し、また息継ぎに水面に姿を現す。

 

その日の乗客は、インド人の一家、ドイツ人のカップル、マレーシア人の夫婦、香港人と日本人のカップルに私たちと国籍がバラバラであったが、船上に不思議な一体感が生まれた。

 

四方の海を見渡しながら、エンジンを止めた静寂の中でピンクイルカの登場を待つそれは、まるで神様が現れるのを待つような雰囲気だった。

天岩戸と天照大神。昔読んだ神話が頭に浮かぶ。

 

やがて誰かが叫ぶ。

「Here!」

ピンクイルカが姿を現す。なんと美しい桜色だろう。これほど美しい天然の桜色を、今まで目にしたことがあっただろうか。

 

香港のイルカは、水族館のイルカみたいに大きくジャンプしたりはしない。水面スレスレに、息継ぎする程度だ。それでも、ヒレの部分が見えただけでも、十分に感動的。それくらい、美しいピンク。

 

時々、ほんの少しだけ、水面でジャンプする。そのわずかな瞬間をシャッターに納めようとしても、うまくいかない。ピンクのイルカが見えるのは、ほんの一瞬なのだ。

 

こうなったら、自分の瞳にそのピンク色を焼き付けるしかない。

「Here!」

「Where?」

「Here!」

「Where

 

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私たちは 繰り返し叫びながら、ピンクイルカを追った。

ちょうどお産の時期で、子供のイルカもいた。灰色の子供を真ん中に挟んで、両側にピンクの大人イルカが並び、ジャンプしながら海の中をかけていく。

 

「あの子供のイルカは、無事に成長できるのだろうか」と思うと切ない。

その日は10頭のピンクイルカに会うことができた。

 

香港の人々は、こんなに身近にこんなに美しい生物がいることを、多分自覚していない。私たち日本人が、かつてあの美しいトキ(ニッポニアニッポン)を失ってしまった時のように。