オオナゾコナゾ

種子島ぴー/九州出身、東京在住。夫と二人暮らしです。旅行のこと、フィギュアスケートのこと、香港のことを中心に、右から左へ流せなかった大小の謎やアレコレを、毒も吐きながらつづります。

香港ひと昔話(8) 番外編 有名ビールのCMで香港人になった話

 求ム。広東語を話せる友人役

「ビール会社Kが香港でCM撮影をするらしい。女優N嬢の友だち役で広東語を話せる人を探しているから、すぐに履歴書をファックスして!」。

 

香港人の 広東語講師から電話があったのは、香港で広東語を勉強して帰国したばかりの頃だった。当時の私は、自分でもほれぼれするくらい、広東語を自在に話すことができた。

 

とはいえ、電話を受けてまず思ったのは、「自分なんかがTVに出て大丈夫なのか?」ということ。CM主演女優の友人役となれば、多少のセリフもあるかもしれない。

 

ちなみに私は、モデル志望でも女優の卵でもなかったし、人前に出て脚光を浴びたいと思うような容姿も持ち合わせていない。

 

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「それはちょっと、、、」と渋る私に、「没問題!! 急いでいるらしいから、すぐにファックスしてね」と強引な先生。最終的には、ダメなら書類で落とされるから大丈夫ということで、履歴書じみたものをファックスした。

 

 ほどなくして、「合格」という連絡とスケジュール表が届いたが、撮影場所は香港ではなく横浜のスタジオ。「香港にタダで行ける」と思っていた私は、がっかりした。

 

そして、「合格」も何も、女優の友だち役でもなんでもなく、ただの"エキストラ香港人"の役だった。

 

たぶん、エキストラ集めを頼まれた中国人人脈と制作プロダクションの間で、意志の疎通がはかれなかったものと思われる。

 

冷静に考えれば、日本人女優とその友だちが香港に行って広東語で会話をするというCMの設定自体、奇妙であることに気付きそうなものであるが。

 

 

広東語ピープルにも種類がある。

 

さて、寒い冬の朝、早朝から横浜の大きなスタジオに集められたのは、広東語を話す約30人の人々だった。

 

"広東語を話す人々"と言っても、いろいろな人がいる。広東語が話される地域は、香港とマカオ、広東省の一部、それに世界中の華僑たちである。

 

30人の内訳は、香港人4人、マカオ人2人、日本人は私一人。残りはすべて、中国大陸の広州市出身者であった。

 

広東語は文字を持たない"口語"なので、生活している地域や環境によって、使う単語や発音が変化していく。

 

あくまでも私の感覚だが、広東省出身者の広東語を聞いても北京語が混じっているようで理解できないことがあるし、マカオ人と香港人の話す広東語は近いが、マカオでは香港よりソフトでゆっくりな広東語を話す。

 

そんなわけで、日本という異国の地で集合した彼らも、大陸人は大陸人だけでグループになっておしゃべりし、香港人、マカオ人は静かに座っていた。

 

スタジオでは撮影が進んでいるのかいないのか、私たちは4、5時間、待合室で待たされたままだった。

 

待合室と言っても、屋外にテントを張ったような場所で暖房もなく、お茶やジュースといった水分の支給も一切なかった。

 

「夏の服装で来てください」と指定されていた私たちは、コートを着たまま震えているしかなかった。

 

はっきり言って、扱いは雑だったと思う。

 

アメリカ人のエキストラでも同じ扱いだったのか、フランス人集団でも同じように放置されていたのか・・・。たぶん違ったような気がする。

 

香港撮影の代わりに、香港の街をスタジオに再現 

やがて、私だけが撮影スタジオ内に呼ばれた。そこは、香港の街並みというか市場の一角が再現された、張りぼてのような空間だった。

 

CMの設定は、こうだ。-----女優N嬢が友だち2人と香港旅行に出かけ、市場の中にある屋台レストランで食事をする。新鮮な茹でエビを食べながら、ビールが美味し~い!! 

 

香港の屋台に日本の「一番〇り」の瓶ビールが置いてあるのか?という疑問はあったが、とにもかくにも、スタジオの手前には海鮮屋台のテーブルが置かれており、私は、立ち位置やライトを調整するための、N山嬢の代役だった。

 

日本語を話せるのが私のみだったというだけで、深い意味はない人選だったと思う。

 

やがて、楽屋方面がざわついてきて、N山嬢が到着。エキストラ全員が呼ばれ、私たちは張りぼてセットの中で、通行人の小芝居をすることになった。

 

私は大学生の男の子とカップルになり、市場で夕食の買い物をする恋人を演じた。「あの魚おいしそう! 買おうよ」みたいなことを話しながら、何度も同じ場所を行ったり来たり。

 

一方、N嬢の友人役には、劇団員のような女性が2人スタンバイ。N山嬢とは初対面のようであったが、改めてCMを見返すとそれらしく演技をしているので、プロとはそういうものなのだろうと感心する。 

 

エキストラのせめてもの抵抗

N嬢のスケジュールが押していたからなのか、撮影は1時間ほどで終了し、私たちエキストラは寒い待合室に戻され、ようやくお弁当と飲み物にありつけた。

 

すでに、夕方になっていたと思う。

 

お弁当は冷たく、飲み物も冷たいペットボトルのお茶。

割りばしの袋を破る手も、寒さでうまく動かない。

 

私はコンビニのお弁当のようなものは苦手だし、中国人は冷たい食事を嫌う。

それでもないよりマシなので、不満の声が漏れながらも、みんなが食べ始めた直後、

バーンと扉が開き、音声さんとディレクターがやってきた。

 

「街の雑踏の声を録音しておきたいんで、マイクに向かって、みなさん何かしゃべってください」。

 

食べかけのお弁当を横にどけ、しぶしぶマイクの前に集合した。

そして、「せーの、ハイ!」とディレクターが合図した瞬間、全員が声を限りに広東語で叫んだ。

 

「腹減った~」

「茶ぐらい飲ませろ」

「寒いんだよ」

「昼飯まだか」

「弁当まずいぞ」

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ぞんざいな扱いを受けた広東人エキストラたちの、せめてもの抵抗、いや復讐だった。

しかし、ディレクターは広東語がわからない。「もう一度おねがいしまーす。ハイ!」と、笑顔でキューを送ってくる。

 

そのたびに、

 

「腹減った~」

「茶ぐらい飲ませろ」

「寒いんだよ」

 

と、恨みの言葉が発せられた。

 

こんなめちゃくちゃな雑踏の声が流れたら、香港はどんな街だと思われるだろうか。

Kビールにとってもプラスにはならないだろう。

これも、エキストラをぞんざいに扱った制作会社の因果応報・・・

 

と思っていたが、オンエアされたCMは、音声がちゃんと録音し直されていた。

Kビールの中に、広東語がわかる人がいたのかもしれない。