こんばんは。昌磨がシャンペリーに戻るのも、もうそろそろなのかなぁ…と思ったり思わなかったりする種子島ぴーです。
さて、きょうは、ロシアの記事で見つけて興味深かった軽い話題です。
平昌オリンピックの女王といえば、ザギトワですよね。
ショートプログラムの『ブラックスワン』より、新聞の一面を飾ったフリーの『ドン・キホーテ』が、視覚的には印象に残っています。
あの当時は、とにかくせわしないコリオと、100本ノック状態の後半のジャンプに、見ていて落ち着かない気分でした。
そして、フィギュアというよりバレエ衣装だった、真っ赤なチュチュ!!
ザギトワのことを“赤いチュチュを着た女の子”と覚えている人も多いようです。
ところが、あの“赤いチュチュ”は、もともとメドベ―ジェワが着ていた衣装だったんですって。
2013-2014年シーズンに、メドベ―ジェワは、『Ballet Russe(バレエ・リュッセ)』というフランク・ミルズの曲で滑っています。
そのときに着た衣装です。
ソチオリンピックの前年で、ロシア国内選手権の女子は、アデリナ・ソトニコワ、ユリア・リプニツカヤ、エリザベータ・トゥクタミシェワ、アリョーナ・レオノワたちが、代表権を争っていました。
その中で、赤いチュチュを着たジュニアの女の子が健闘して7位になりましたが、注目している人はあまりいなかったそうです。
みんなの目が注がれていたのは、「オリンピック代表に誰がなるか」でしたから。
その後、エテリ同門の後輩であるザギトワが、2016-2017年シーズンに、フリーで『ドン・キホーテ』を演じました。彼女は、まだジュニアランクでした。
そのとき、メドベ―ジェワが、自分の衣装を彼女にプレゼントしたそうです。
二人を並べると、まったく同じ衣装ですよね。
そして、運命のオリンピックシーズン。
ザギトワは、前年からの持越しで、フリーを『ドン・キホーテ』にしました。
そして、シニアランクへ転向。
「オリンピックが終わるまで、あの子をシニアに上げないで」と、メドベ―ジェワがエテリに頼んだ…と、のちにエテリがマスコミに話して物議をかもしましたが、本当のところはわかりません。
そう思うメドベ―ジェワの気持ちはわかるので、仮に言ったとしても、コーチの心の中に留めておいてほしかったです。
プログラム『ドン・キホーテ』を持ちこしてシニアデビューしたザギトワは、衣装を何も変更しないことに決めました。
エテリ組の衣装は、エテリコーチが指示やアドバイスを出すそうなので、あの衣装がいいということになったのでしょうか。
ただし、ザギトワのために、同じデザインで新しい衣装が縫われました。生地は、違うそうです。
比較してみると、金のレースがゴージャスになってはいますが、
基本は同じデザインです。
チュチュのスカート丈は、演技がしやすいように、何度が短く調整されたそうです。
平昌オリンピックで金メダルを獲ったザギトワは、世界のメディアに『レッド・バレリーナ』と呼ばれました。(私は知りません)
そして、「オリンピックチャンネル」の「お気に入りの五輪用アイコン企画」で優勝。
トーナメント方式で優勝者を決定する同企画には、ザギトワのほかマイケル・ジョーダンやウサイン・ボルトら計16名がノミネートされていた。
ザギトワは準々決勝でボルトに勝利すると、準決勝ではジャマイカのシェリー=アン・フレーザー=プライスとの投票で68%の支持を集めて決勝に進出。最後はジョニー・ウィアー(米国)とのフィギュア勢決戦となったが、62%の票を集めて優勝を飾った。
という、何がなんだかわからない企画ですが、とにもかくにも、ザギトワのオリンピックでの印象は、強烈なものになったということです。
メドベ―ジェワにとっては、ちょっとほろ苦いお話ですね。
そういえば、『金メダルを獲るならブルーの衣装』というジンクス(?)は、いつのまにかなくなっちゃいましたね(笑)