オオナゾコナゾ

種子島ぴー/九州出身、東京在住。夫と二人暮らしです。旅行のこと、フィギュアスケートのこと、香港のことを中心に、右から左へ流せなかった大小の謎やアレコレを、毒も吐きながらつづります。

「昌磨のフリーにボレロを選んだ理由」。ステファンOPチャンネル意訳

こんばんは。

北京オリンピックの情報が増えてきました。

選手のエントリーも発表されましたね。

 

オリンピックチャンネルのステファンインタビュー「Stephane Lambiel on Uno Shoma: Why we chose Bolero for his free skate」を意訳します。

 

翻訳ではなく意訳です。ステファンは英語ネイティブではないし、私もヘナチョコ英語なので、間違いもあると思いますが、愛だけは込めて意訳しました。

日本語版が出たら、そちらで正解を見てください😅

 

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Stephane Lambiel on Uno Shoma: Music choice, Olympic aspirations

 

ステファン・ランビエール、宇野昌磨について語る:なぜ、私たちはフリーに『ボレロ』を選んだか。

 

2006年トリノオリンピックの銀メダリスト、ステファン・ランビエールは、2020年の新型コロナのパンデミックの直前に、新しい協力関係を結びました。

スイス人の彼は、日本のスター選手宇野昌磨のコリオグラファーとコーチをつとめることになったのです。

 

「パンデミック下で作業をするのは、チャレンジでした。

いろいろな制限があり、海外渡航も…日本に行くのは、本当に難しかったんです。

 

それでまず、私たちは、どうやって一緒に仕事をするか計画を立てる必要がありました。

作業をできるだけシンプルにして、練習でのモチベーションを維持し続けよう、

昌磨が、一生懸命練習する喜びを得られるようにと。

 

なぜなら彼は、「練習しなさい」とうるさく言われる必要がない人なので、

私がオンラインレッスンで彼を指導するときは、たいてい、

プログラムの通しをどんなふうにやっているかをチェックして、

少しつなぎの部分をブラッシュアップしたり、ということをやりました。

だから、そうですね、いいリズムをキープして練習するのは、とても重要なことでした」。

 

2018年の平昌オリンピックで、宇野は、同胞の羽生結弦に続いて銀メダルを獲得しました。

その後、ローラーコースターのような競技生活を送りましたが、

彼は、北京オリンピック2022のトップ争いの中にいます。

 

平昌オリンピックでの経験は、さらに上を目指してチャレンジしようという何かを、彼にもたらしました。

 

「たとえ何が起ころうとも、彼は最大限の力を発揮して、それをやり遂げます。それが彼のスタイルであり、彼の性格です。

だから、彼がプレッシャーをコントロールし、オリンピックの場を自分に挑戦する場として使ってくれることを願っています。

リスクを恐れず、彼のやりたいように押し進めてほしい。そうすれば、間違いなく成功するはずだから」。

 

宇野は、ランビエール振り付けによる、『ボレロ』をアレンジした曲でフリーを戦います。フィギュアスケートでは、よく使われる曲です。

 

「昌磨に『ボレロ』を選んだのは、必然です。とりわけ、オーケストラバージョンの『ボレロ』は。

確かに、『ボレロ』は世界中で、そしてスケート界では有名な曲です。

このバージョンは、少し普通の『ボレロ』とは違っていて、氷の上で曲を流してみるとすぐに、昌磨のダイナミックなスケーティングと、とてもナチュラルにマッチしていることがわかりました。

 

それで、私たちはすぐに振付を始めましたが、とてもうまくいきました。

本当に、なんと言うか…私は、自然にわき出る創造物がいいと思っているんです。

注文されて創造するのは難しい。

でも、いったんアイディアがあふれると、次々に出てきて、私たちはとてもナチュラルに振付を行うことができました」。

 

宇野は、「ステファンは、もっとスケートを続けたいと思わせてくれた」と言います。

二人は、オリンピックでさらなる成功が待ち受けていることを望んでいます・・・表彰台の、もう一段高いところを。


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