階段を下りるとき、私は体重を後ろにかけて下りる。
へっぴり腰のような体勢で、おそるおそる下りるのである。
私は、階段が怖い。
小さいころテレビで、「年間5000人以上が、階段から落ちて死んでいる」というNHKニュースを見たからである。
画面に映し出された5000という文字は、私にとって衝撃だった。
しかも、それからほどなくして、当時の内閣の大臣の誰だかが、階段から落ちて亡くなったというニュースを聞いて、さらに恐怖はつのっていった。
旧建築法の下で、幅が狭く急な階段が多く作られ、家の中で階段から落ちる人が多かったということらしい。が、今もなお、多くの人が階段から落ちて死んでいる。
そんな私が忘れられない、階段体験が二つある。
一つ目は、幼いころに田舎の観光地に家族で出かけたときのこと。
私は、土産物屋の狭い店内を、小学生になるかならないかの年だった弟と、歩いていた。
と、弟が小さな扉に背中をぶつけた瞬間、ぱーっと扉が開き、真っ暗な地下に続く急な階段に、弟が吸い込まれていったのである。
さらに驚いたことに、超人的な身体能力を持っていた弟は、後ろ向きのまま、ものすごい速さで足をバタバタと動かし、階段を一番下まで下り切って、突き当りのベニヤ板にぶつかって止まった。
今でもそのときの記憶は鮮明で、思い出すたびにぞっとする。
もう一つは、高校時代の通学バス。
山の上の団地に住んでいた私は、毎朝、バスで坂道を下って通学していた。坂は急なうえに曲がりくねっていて、バスはスピードを落とし、がくんがくんとブレーキを踏みながら右に左に曲がっていくのだ。
ある日、満員のバスの中、扉の近くに立って友人と話していたときのことだ。
曲がり角で、がくんとバスが揺れた瞬間、友人が乗降口の扉にぶつかった。
すると、扉が開き、友人は後ろ向きに階段を落ちて、バスの外に飛び出してしまったのである。
突然、視界から消えた友人に驚き、運転手さんに向かって「あ゛―っ」と叫ぶことしかできなかった私。
驚きの表情で、地面に立って私を見ていた友人の顔が忘れられない。
そんなこんなで、「階段関係の事故話」に敏感な私。
会社に勤めていたころのこと、朝礼に遅刻してきた男がいた。全員の前で彼曰く、「駅の階段で上から人が将棋倒しになり、一番下でお婆さんを支えていたから遅れました」。
「危なーい!! 大変だったね、ケガは大丈夫?」と、階段話にビビる私。
が、その話は真っ赤なウソ。完全な作り話で、信じたアホは私一人。
嘘つき男は、みんなに鼻で笑われていた。(と、後で知った)