オオナゾコナゾ

種子島ぴー/九州出身、東京在住。夫と二人暮らしです。旅行のこと、フィギュアスケートのこと、香港のことを中心に、右から左へ流せなかった大小の謎やアレコレを、毒も吐きながらつづります。

NHK杯の昌磨を見るまでは

最近、フィギュアスケートの記事は、有料のものが多い。

多すぎて、ちょっと辟易しています。

 

労力やクリエイティブには対価を支払いたいし、

支払われるべきだと思うけれど、

 

新聞社が記者にお金を出せない、出さない分を、

読者が払う…みたいな流れを感じてしまう。

 

タイトルや記事の内容に興味を持って読もうとするたび、

「この記事は有料記事です」のコメントが立ちふさがって、薄れる興味・・・。

 

「試合後のインタビューくらい、無料で読みたい」と思うのは、

わがままなことなのだろうか。

 

そんなことを思うのも、

中国杯の宇野昌磨選手情報に関して、

タイトルや記事の一部を虫食い状態で目にし、

混乱、もやもやしていたからです。

 

私が一番きつかった活字は、

「(表彰式で)自分が優勝するよりも今回のアダムくんとかが優勝して喜んでいる姿を見ると凄くうれしい。自分自身が結果に対する気持ち、競技に対する闘争心とかが今、本当に薄いんだろうなと思った。」日刊スポーツ11月12日

 

だって、私が一番好きな宇野昌磨さんは、試合に挑んでいるときだから。

 

追い打ちをかけるように、

試合に対して「(楽しめるものは)見つからなかったです。全然。むしろ逆でしたね。競技に対して、試合、競技会に対して」毎日新聞11月12日

 

添えられた無表情の写真が、不安をあおる。

もしや、町田樹さんのように、年末の全日本選手権で、「本日をもってわたくしは~」となるのでは…。

 

大笑いしている写真だったら、「SPで今季世界最高得点を出しといて、この人、宇宙人なんじゃない??」と思ったかもしれないけれど。

 

一方で、「後輩が目標にするような存在になれているなら、その責任を全うしたい」と書かれているのを見ると、「闘争心がない」と矛盾する気もしました。

 

かと思うと、

「もう好きなだけ期待してほしいですね。世界選手権3連覇も全日本6度優勝も、1、2年前なら意識しないようにとか、“まずは自分の演技を”と思っていた。もう本当に期待に応えられるならなるべく応えたいと思っています。できなかったらすみません!ぐらいの気持ちです」(FNNプライムオンライン11/13(月))に、気持ちがアップ。

 

というコメントに、テンションが上がる。(どういう意味合いの言葉かは、わからないけれど)。

 

いや、活字に翻弄されすぎだろう、私。

 

で、深く考えたり、頭の中を整理したりするのを止めることにしました。

私が考えなくても、じきにNHK杯で、答えが見えると思うから。

 

「ジャンプの試合での感じとか、表現での試合での感じを今大会で知ることができた。どんな練習が必要かだんだん明確になってきた。1シーズン通して良いものができるんじゃないかなと思います」(スポニチ)

 

というコメントもあったので、

初戦を終えて、昌磨とステファンの中で、「どうしたいか」が議論されて、そのためのブラッシュアップがされていると思っています。

 

いや、まだ活字に翻弄されているぞ、私。

 

そのうえで、私の身勝手な願望について書きますと、

  • 昌磨はステファンや賢二先生と、NHK杯に向けたフリーのブラッシュアップをしている。(確実)
  • FPム後半のコリオに、ポイントなる動きをプラスした。(願望)
  • ステップを見直して、レベルを上げる(確実)
  • FP後半の曲を変える(ありえない願望)
  • FP後半の曲の編曲を変える(淡い期待)

 

昌磨を見てきた人にはわかると思いますが、

「試合に興味が持てない」と「スケートへの情熱がない」は、

絶対にイコールではない。彼の場合は。

 

「試合のために練習を頑張っていたものが、練習のために試合をする、試合があるという感じに変わった」らしい。

 

禅問答のようなので、考えることを私の頭が拒否していますが、

「練習のために試合をする」のならば、NHK杯までの期間は、めちゃめちゃ楽しい練習時間のはず。

 

そして何より、心にスケートの灯がともっていない人に、

初戦であれだけのSPを演じられるわけがない。

 



エキシの『カム・トゥゲザー』も、もぉ~のすごい演技だったもの。

 

 

願わくば、NHK杯の公式練習で、

鍵山選手が昌磨の闘争心に着火して、試合の楽しさを思い出させてあげて~。

なんてね(まだ言うか!!)