2月10日は、北京オリンピックで
宇野昌磨選手が個人銅メダルと団体戦銀メダルを獲得してから、ちょうど2年。
銅メダルを決めたフリーの演技(試合)は、
何度思い出しても“恐怖の館”なので、
見返すことは、ほぼありません。
しかし、「オリンピックの演技を振り返ってみませんか?」というニュースレターが届いていたので、久しぶりに『ボレロ』を見てみました。
思い返すとこの当時は、
「昌磨にメダルを獲ってほしい」とは、特に望んでいませんでした。
それよりも、満知子先生の元を離れて、
新たな道を模索する中での苦闘の2019年シーズンを経て、
ステファンと出会い、「もう一度、トップで戦える選手に戻って来たい」という本人の努力、そこからの快進撃を、ファン一同、祈るように見守っていたのが思い出されます。
オリンピック前年末の全日本選手権では、
足の状態がよくないことが漏れ伝わってきていましたが、
見事、オリンピック代表の座を獲得。
ほっと安心したのも束の間、足の状態がよくないこと、
さらに、コロナ禍で、感染せずに試合当日を迎えられるのか心配で、
毎日、毎日、よくないニュースが流れてこないことを祈っていました。
さらに、さらに、足のケガを抱えて団体戦に出場するというのが、心配&もやもや。
しかし、ゆまちと一緒に団体戦に出ることを楽しみにしている(本人はもやもやしていない)ことがわかり、気分すっきり。
からの~、団体戦のSPで105.46を叩き出し、日本チームを勢いづけました。
やはり、日本のエースは、この男。
さらに、過酷なスケジュールが不利ではないかと物議をかもした個人戦のSPで
パーソナルベストを更新して105.90で3位。
そのあたりから、「ここまできたらメダルよろしく」っていう気持ちになっていきました。
そして迎えた、フリー当日。
今回、演技動画を2回続けてみましたが、心臓にかなり悪かったです。
今見ても、恐ろしすぎる。
前提として、北京オリンピック委員会とISU周辺から、
「元選手にオリンピック三連覇してもらいたい」という空気を感じていました。
一人だけ家族と北京入りしたり、特別機で到着したり、
どんな事情があったにせよ、特別扱いであったことは、間違いない。
さらに、日本のマスコミの元選手と4Aに対する扱いは、常軌を逸しており、
はっきり言って、「商業的に、宇野昌磨にメダルを獲ってもらっちゃ困る」ぐらいの空気でしたよね。
そんな空気の中、昌磨くんが、
ノーミスとはまったく言い難い演技で🤤私の心臓に衝撃を与え続けてくれましたよ🤤
今見てもホラーだった、得点ボード。
昌磨と元選手の名前が並んだ得点ボードが画面左上に表示されており、
それを追いかけるように昌磨が滑っていく…という絵面。
グリーンに混じって、イエローさんやレッドさんも並んで🤤
「あと少しだー!昌磨、イケー!!」と祈り倒しているところに、
スピン要素でまさかの「×」。
テレビの前で、倒れそうになりましたよ。
今気が付きましたが、昌磨のフリーは、5位だったんですね。
4位だと思ってました。
1 CHEN Nathan 218.63
2 KAGIYAMA Yuma 201.93
3 HANYU Yuzuru 188.06
4 GRASSL Daniel 187.43 Where is he now?
5 UNO Shoma 187.10
もー、ほんとに勘弁してくださいよ、昌磨先生😂😂
総合では、4位と10点差で3位でしたが、
もし本当に、陰謀でも張り巡らされていたら、アウトだったと思う。
本人は、演技中に計算して「もう大丈夫だ」とわかっていたらしいけど、
こっちは、半分溶けてたからね。
だけど、記者会見では、万全とは言い難い状態、自信を持って演技ができるコンディションではなかった中、ギリギリ耐えた演技ができたことを話してくれました。
応援していた者として、感謝しかないです。
そういえば、今回、動画を見返して、新発見がありました。
リンクの上に、選手紹介スクリーンがあって、
昌磨の顔が、ひょっこりのぞいてるの、知ってました?
今の今まで知らなかった~
激かわいい。
激かわいいけど、心臓バクバク言ってるから、もう見返すことはないと思う。
そして、「オリンピックは目標ではなくて通過点」の言葉どおり、
オリンピックの試合が終わった直後から、
ゆまちやコンドラチュクと練習を開始して、日々、驚くべき進化を遂げていった昌磨くん。
あれよ、あれよと、“宇野昌磨時代”を築いてしまったのは、周知のとおり。
ずっと、トップ集団にいたから気づきにくいけれど、
どん底(昌磨にしては)から返り咲いて、一時代を築いている彼もまた、
フェニックス(不死鳥)ですね。